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AI全般12

「あの人がいないと回らない」を解決する ― SECIモデル×生成AIでベテランの暗黙知を組織の資産に

「あの人がいないと業務が回らない」の正体はベテランの暗黙知です。知識創造のフレームワークSECIモデル(共同化・表出化・連結化・内面化)と、その実践を阻む現実の壁、そして生成AIによる解決策を、元キーエンス社員の視点で解説します。

「あの人がいないと回らない」を解決する ― SECIモデル×生成AIでベテランの暗黙知を組織の資産に

1. はじめに:なぜ「あの人がいないと回らない」状態が生まれるのか

「あの人がいないと、この業務は回らない」

こんな状況、御社にもありませんか?

製造現場のベテラン技術者。トップセールスの営業担当。長年の経験で「なんとなく」問題を見抜ける品質管理のエキスパート。彼らは会社の「宝」です。しかし同時に、その知識やノウハウが「その人の頭の中」にしか存在しないという、深刻なリスクを抱えています。

私がキーエンスで営業をしていた頃、この問題を痛感していました。トップセールスの先輩は、なぜか初回訪問で顧客の「本当の課題」を見抜ける。でも、「どうやってるんですか?」と聞いても、「まあ、なんとなく分かるんだよ」としか返ってこない。

これが暗黙知です。言葉にできない、でも確かにそこに存在する「知識」。そして、この暗黙知を組織の財産として活用するフレームワークが、今回ご紹介するSECIモデルです。

さらに今、生成AIの登場によって、このSECIモデルの可能性が劇的に広がっています。これまで「理想論」とされてきた知識循環が、現実的に実行可能になってきたのです。

2. SECIモデルとは?知識創造のフレームワーク

一橋大学発の世界的理論

SECIモデルは、一橋大学の野中郁次郎教授が提唱した「知識創造理論」のフレームワークです。1990年代に発表されて以来、世界中の企業で活用されてきた、まさに「知識経営のバイブル」とも言える理論です。

野中教授は、日本企業の強さの源泉を研究する中で、「知識」こそが企業の競争力の根幹であることを発見しました。そして、その知識がどのように組織内で生まれ、共有され、発展していくのかを体系化したのがSECIモデルです。

暗黙知と形式知:2種類の知識

暗黙知(Tacit Knowledge) とは、言葉や文章では表現しにくい知識のことです。ベテラン職人の「このタイミングで調整すべき」という勘、トップセールスの「この顧客には今アプローチすべき」という直感——本人も「なぜそう判断したのか」を明確に説明できないことが多い。でも、確かにその「知識」によって成果を出しています。

一方、形式知(Explicit Knowledge) とは、マニュアル・数値データ・業務フローチャートのように、言葉や図表で明確に表現できる知識のことです。共有しやすく保存しやすい。でも、それだけでは「本当のノウハウ」は伝わらないことが多いのです。

4つのプロセス

SECIモデルは、この暗黙知と形式知が4つのプロセスを経て循環・発展していくことを示しています。名前の「SECI」は、4つの頭文字を取ったものです。

プロセス知識の変換一言で言うと
Socialization(共同化)暗黙知 → 暗黙知師匠の背中を見て学ぶ
Externalization(表出化)暗黙知 → 形式知「コツ」を言葉にする
Combination(連結化)形式知 → 形式知マニュアルを体系化する
Internalization(内面化)形式知 → 暗黙知マニュアルを自分のものにする
  • 共同化:一緒に体験することで暗黙知を伝える(徒弟制度の「見て覚える」)
  • 表出化:暗黙知を言語化・概念化して形式知にする(最も難しいプロセス)
  • 連結化:異なる形式知を組み合わせて新たな形式知を創造する
  • 内面化:形式知を実践を通じて暗黙知として体得する

そして内面化された暗黙知が、次の共同化の源泉となる。こうして知識は循環し、発展していきます。

3. SECIモデルが企業にもたらす3つのメリット

メリット①:属人化の解消

「あの人にしかできない」状態は、企業にとって大きなリスクです。その人が病気になったら?転職したら?定年を迎えたら?属人化された業務は、その人がいなくなった瞬間に止まってしまいます。

SECIモデルを回すことで、個人の頭の中にある暗黙知が形式知として組織に蓄積され、特定の個人に依存しない「組織としての能力」を構築できます。

キーエンスが世界トップクラスの営業利益率を誇る理由の一つは、まさにこの「ノウハウの形式知化」にあります。トップセールスの営業手法を徹底的に言語化し、全員が再現できる仕組みを作っている。だからこそ、「誰がやっても成果が出る」組織になっているのです。

メリット②:技術継承の加速

製造業では、団塊世代の大量退職(いわゆる2025年問題)が深刻です。ベテラン技術者が持つ「匠の技」をいかに次世代に継承するかは、多くの企業にとって喫緊の課題です。

従来の「見て覚えろ」方式では、技術継承に10年以上かかることも珍しくありません。しかし、ベテランの退職まであと2〜3年しかない——そんな状況に直面している企業は少なくありません。SECIモデルは、この技術継承を体系的かつ効率的に行うためのフレームワークを提供します。

メリット③:イノベーションの創出

SECIモデルの本質は、単なる知識の保存ではありません。「知識の創造」です。

特に重要なのは「連結化」のプロセスです。異なる部門の知識が組み合わさることで、これまで思いつかなかった新しいアイデアが生まれます。営業部門の「顧客の本音」と、製造部門の「技術的な可能性」が組み合わさって、革新的な製品が生まれる——知識を守るだけでなく、知識から新しい価値を生み出す。これがSECIモデルの真の価値です。

4. SECIモデルを回そうとしたときの「現実の壁」

正直に言うと、SECIモデルを「回す」のは、想像以上に大変です。「理論は分かるけど、実践は難しい」という声を、私は何度も聞いてきました。直面する「現実の壁」を4つに分けて解説します。

課題①:暗黙知の言語化が難しい

最大の壁は「表出化」です。本人も「なぜできるのか」を説明できないことがほとんどだからです。

コンサルティングで製造現場に入ったとき、こんなことがありました。30年以上のキャリアを持つベテラン職人のAさんが、設備調整の作業中に突然手を止め、耳を傾け、ダイヤルを少しだけ回した。「今なぜ調整したんですか?」と聞くと、返ってきた答えは——

「音が違うから」

でも、私には何も違いが分かりませんでした。「どう違うんですか?」と重ねて聞くと、Aさんは少し困った顔をして、「うーん…なんというか…キュッって音がシュッに変わるんだよね」と。

Aさんは確かに「音の違い」を判断基準にしている。でも、その違いを言葉にしようとすると、他の人には再現できない曖昧な表現になってしまう。結果として、その知識は「Aさんの頭の中」にとどまったままになってしまうのです。

課題②:時間とコストがかかりすぎる

暗黙知を形式知に変換するには、膨大な時間とコストがかかります。「音が違う」という判断基準ひとつを形式知化するだけでも、複数回のインタビュー、作業の観察・記録、映像収録、分析・文書化、ベテランによるレビュー…と、相当な工数が必要です。

そしてAさんが持つ暗黙知は「設備調整」だけではありません。トラブルシューティング、品質チェック、後輩指導…。ベテランが複数いれば、その分だけ工数は増える。結果として、多くの企業が「重要なのは分かるけど、そんな余裕がない」と断念してしまうのです。

課題③:形式知が陳腐化する

苦労して作ったマニュアルも、時間が経つと陳腐化します。業務プロセスが変わり、新しい設備が入り、より効率的なやり方が見つかる。これらの変化に合わせてドキュメントを継続的に更新し続けるのは、現実的には非常に困難です。結果として、「マニュアルはあるけど誰も見ていない」「マニュアルと実際のやり方が違う」という状態に陥りがちです。

課題④:知識が活用されない

せっかく形式知化しても、必要なときに必要な人に届かなければ意味がありません。「あのマニュアル、どこにあったっけ…」——社内に大量のドキュメントが蓄積されているのに、いざ必要なときに見つけられない。結局「詳しい人に聞いた方が早い」となり、ナレッジベースが「誰も使わない倉庫」になってしまうのです。

5. 生成AIが変える知の循環:新しいSECIモデル

これまで述べてきた課題——暗黙知の言語化、時間とコスト、陳腐化、活用されない——が、生成AIの登場により、劇的に解決されつつあります。

AIアシスタントが要約・整理・たたき台作成まで担い、知の循環を高速で回すAIアシスタントが要約・整理・たたき台作成まで担い、知の循環を高速で回す

表出化の革命:対話による暗黙知の抽出

生成AIの最大の強みは、自然言語での対話です。従来のインタビューは聞き手のスキルに依存していましたが、生成AIは粘り強く、多角的に質問を繰り返すことができます。

先ほどのAさんに対して、「どんな種類の音ですか?」「その音がしたとき、どんな調整をしますか?」「調整しなかったら、どんな問題が起きますか?」と、本人も意識していなかった暗黙知を、対話を通じて少しずつ言語化していく。さらに、ベテランは意外と「AIに対しての方が素直に話せる」こともあります。最新のマルチモーダルAIは映像や音声の解析も可能で、「音が違う」という感覚を波形解析で数値化することも視野に入ってきています。

連結化の強化:AIによる知識の統合と発見

RAG(Retrieval-Augmented Generation)を活用すると、社内に散在する知識を統合できます。RAGとは、簡単に言えば「AIに専用の参考書を持たせる」技術です。RAGを活用することでLLMの回答精度が15〜25%向上したという報告もあります(Lewis et al., 2020)。

さらに重要なのは、AIが人間には見えなかった知識同士の関連性を発見することがある点です。人間は自分の部門の知識には詳しくても、他部門との関連性には気づきにくい。でもAIは、すべての知識を横断的に見ることができます。

内面化の促進:パーソナライズされた学習支援

生成AIは、一人ひとりの理解度や学習スタイルに合わせて、最適な情報を最適なタイミングで提供できます。「視覚的な説明が理解しやすい人には図表を」「実例から入った方がいい人には事例を先に」——このようなパーソナライズされた学習支援が、自動的に行われます。

循環の高速化:リアルタイムな知識更新

従来のSECIモデルは、一周するのに数ヶ月〜数年かかることも珍しくありませんでした。しかし生成AIを活用すれば、ベテランとの対話をAIが自動で記録・構造化し、既存知識と関連付け、学習者へリアルタイムでフィードバックし、変化があれば即座に反映する。

知識が「静的なドキュメント」ではなく、生き物のように常に更新され、進化していく。これが、生成AI時代の新しいナレッジマネジメントの姿です。

6. 具体的な活用シーン

活用シーン①:製造現場の技術継承

ベテランの作業を動画で記録してAIが解析し、対話で判断基準を言語化。抽出した情報から構造化マニュアルを自動生成し、若手が作業中に分からないことをその場でAIに質問できる——技術継承に必要な期間の短縮と、ベテラン不在時でも若手が自立して対応できる体制の構築が期待できます。

ベテランの手順・注意点・トラブル対応をナレッジベース化し、若手に継承するベテランの手順・注意点・トラブル対応をナレッジベース化し、若手に継承する

活用シーン②:営業ノウハウの共有

トップセールスの商談録音をAIが分析し、「どのタイミングでどんな質問をしているか」を言語化。「このタイプの顧客にはこの質問が効果的」という判断基準を形式知化し、商談前のAIアシスタントが最適な戦略を提案する。営業チーム全体のスキル底上げと、新人の早期戦力化が期待できます。

活用シーン③:カスタマーサポートの品質均一化

過去の対応履歴をAIが学習し、ベテランオペレーターの対応パターンを抽出。対応中にAIが回答候補を提示することで、新人でもベテラン並みの対応が可能になり、対応品質のばらつき解消と育成期間の短縮につながります。

7. まとめ

本記事では、SECIモデルと生成AIの関係について解説しました。ポイントをおさらいします。

  • SECIモデルは、暗黙知と形式知の循環(共同化→表出化→連結化→内面化)で知識を創造するフレームワーク
  • 3つのメリット:属人化の解消、技術継承の加速、イノベーションの創出
  • 従来は現実の壁があった:暗黙知の言語化が困難、時間とコスト、陳腐化、活用されない
  • 生成AIにより、対話による暗黙知の抽出、RAGによる知識の統合、パーソナライズ学習が可能になり、知識循環が高速化

「うちの会社のベテランの知識を、なんとか残したい」「トップパフォーマーのノウハウを組織全体に広げたい」——そうお考えの方は、ぜひお気軽にご相談ください。

参考文献

  1. 野中郁次郎, 竹内弘高 (1996). 『知識創造企業』東洋経済新報社.
  2. Lewis, P., et al. (2020). "Retrieval-Augmented Generation for Knowledge-Intensive NLP Tasks." arXiv preprint arXiv:2005.11401. https://arxiv.org/abs/2005.11401
  3. Wang, L., et al. (2023). "A Survey on Large Language Model based Autonomous Agents." arXiv preprint arXiv:2308.11432. https://arxiv.org/abs/2308.11432
  4. Nonaka, I., & Takeuchi, H. (1995). "The Knowledge-Creating Company." Oxford University Press.
#SECIモデル#暗黙知#ナレッジマネジメント#技術継承#生成AI

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